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 エッセイ L−029 北京オリンピック ① 2008年8月26日 

 前回のHP上にて予告しましたように、8月7日から20日まで、長い夏休みをもらいました。わがまま言えば会社設立20年、そして前からの楽しみ「北京オリンピック」というこのタイミングにて、考えていた夏休みでした。

 HP上に、650枚の写真の中から200枚くらいを掲載できれば良いと思っていますが、容量の問題がありますので、一部載せています。宜しければ見て下さい。

 さて、一言の感想は「良かった!!楽しかった!!」です。

 カメラを持って、皆さんへの報告掲載を意識しながら写真を撮ったり、安いホテルを探したり、何より1枚も無いオリンピックの入場チケットを探してのサバイバル旅行でしたので、一応ベテラン添乗員としては、報告できないような失態もありましたが、この世界的なイベントを色々な形で楽しみました。

 こういう時は楽しまなくては損ですね。日本ではいま一つ盛り上がりに掛けていたとか、欠点ばかりが報道されているという話でしたが、北京での報道及び現地ではそんなうわさも知らず、老いも若きも中国人も外国人もこのイベントをそれぞれに楽しんでいました。

 まずは北京の人、もちろん楽しいと思う方も居ましたが、車両規制、物価高、人ごみ、その他諸々で北京から逃げ出す人(夏休みをとって海外又は中国の他都市への移動)の人も居ましたし、学校単位での応援の為にその練習をする人や、ボランチィアをする人や、稼ぎ時のタクシ-の運転手さんや、各地軍関係者や、警備の人やら、多種多様の中国人が本当にたくさん居ました。

 テレビで会場が満員の場面もあれば、空いている競技もあり、???と思われた方も居たと思いますが、中国のメデイアからは「どうして日本人は少ないの?」と聞かれました。日本人席と思われる場所は空いていました。

 特に野球、ソフトボ-ルなどは、会場が大きいせいか空いていましたね。 又時間帯にもより、中国チ-ムの試合が終わると早々と帰る人とか、どちらかというと試合をみるより、中国の応援に来たという感じの方が多かったですね。

 テニスの応援で中国人はマナ-が悪いと新聞に出ていた試合は私も前から3列目にてその現場に居ました。確かに変なおじさんがヤジを中国選手にとばしており、顰蹙をかっていました。そのおじさんは「落ち着け!あわてるな!よし!!いけ!!」とか普通の言葉を掛けているのですが、テニスは静かな中で行う競技なので、このような応援は、となりの人からにらまれます。私もそのおじさんをにらみました。

 中国の李選手は、相手選手(ウイリアムズ)の事も考え、そのおじさんに黙って欲しいといったと思います。しかしそのおじさんは、前から2列目のベストの席、初めて見るテニスの試合で、他の競技のように大声を掛けたのだと思います。悪気はないのでしょうがそれが世界的に報道されるとは夢にも思っていないと思います。会場の中国人も失笑していました。

 このテニスの会場について書くとすると、会場に居るボランチィアの若者の活躍、今回は北京市内の各大学が、競技を割り当てられ、又仕事の分担などもして、大学生のスタッフがものすごい数、いたのですが、雨の為延びていたこのフェデラ-の試合を、タオルでのコ-トの雑巾がけ、(真新しい真っ白な高そうなタオルでした)、会場のイスの拭き掃除、その他機敏に動き、一刻も早い試合再開と、世界の一流選手が、脚を滑らせては、となめるような顔で会場のコ-トを整備していました。

 中国の学生は自分の学校の教室も掃除しませんし、1人子が多いのでこれまで掃除なんてした事ないのではと思っていましたが、汗をかきながら整備する姿(私も前から3番目の席)感動ものでした。

 又今回安いホテルを探したのですが、ここぞとばかり高いホテルばかりなので(後から開幕式以降に探すと安いホテルもありましたが)清華大学の義姉のところに泊まりました。部屋は120平方メ-トル、そこに親子2人で住んでおり、そのうちの一部屋を5日間住まわせてもらいました。もっとも昼間はダフ屋周りなので夜しか居ませんが、ある日大学内で、大勢の大学生の列があるので何事かと、見てみると五輪が始まっているのにまだボランテイア募集をしていました。

 期間ごとに、募集、又大学が主体となり募集しており、既に前にやり終わった大学生が引き続き、再びボランチィアするために登録をしていました。サークルのノリですかね!おそろいのユニフォ-ムと、鞄で、北京至る所にこのボランチィアが居ました。

 そういえば開幕式のときに選手入場の際に手を振り、笑顔一杯のかわいい女の子達の姿覚えていますか?北京八中の校長先生の姪がこの役をやったそうです。本番は2時間、ずっと会場で踊り笑顔で手を振り、大役を果たし、終わってからは、ずっと寝ていたそうです。見ていた我々も何時か倒れるんじゃないか、と思うくらい頑張っていましたね。

 そんな訳で、この次世代をになう若者が活躍する場があった事、もちろん北京の子だけだったり有名大学生だけだったり異論はあるとは思いますが、何よりものすごい経験です。きっとオリンピックはこの子たちにとって、テロとか世界世論とかよりも自分達の行動によってよろこんでくれる人が居るとか、外国人に役に立ったとか、心から自己満足していると思います。   テニスのスタッフには本当に拍手でした。

 さてダフ屋と書きましたが、これが暗くないのです。明るくみんなチケットを売っていました。初日はなんと外国人のダフ屋と言うかチケットを太い束にて持っている外人を何人も見かけました。各国に余っているチケットをまるで空輸したような感じで1枚平均100ドルで打っていました。「チケット売って下さい。」と書いた紙を持ち、会場の周りを歩き、欲しい人を見つけて、仲間のところに連れて行くのです。自分が欲しいのではなく、そうして連帯意識と言うか、それで探すのです。

 「チケット売ります」と書けば違法行為になりますので実際インタ-ネットではオークション形式ではなく伝言板形式にて自分の電話番号も書き、希望価格も書き、直接連絡していました。私もこの方法にて入手しましたが、彼等は北京在住の枠で購入し、「そんなに高く売れるならこの際自分はテレビで我慢してこのチケットを売ろう」という人々でした。安くはないけど、危なくは無いし、これで野球とバレ-ボ-ルのチケット購入、金額は1000元(約16000円)でした。高いかも知れませんが、何しろチケットの売っている枚数が少ないのと、どんどん高くなるので、しょうがありません。

 かといって、買わなければ見られないし、幸いニセチケットのうわさはないので(私の購入枚数も全部大丈夫でした)毎日が駆け引き、これには本当に疲れました。なのに、自分の分とお客様の分(後で話しますがツア-がありました)だけでなく中国語がわからず困っている日本人の人の分まで探してあげる事に成り、一日中、ダフ屋が大勢居る「北土城」という地下鉄の駅に居ました。ここは鳥の巣に一番近い、チケットがなくてもいける場所なので毎日大勢の人がたむろしており、ある日本人とは2日続けて此処で出会い、情報交換や話をしました。(お互い励まし会っていまして)

 そんな毎日のなか、ある程度チケットも確保しいよいよ女子バスケ、ソフトボ-ル、テニス、そして一番高い鳥の巣へのチケットを手に入れ、後半は大いに観戦を楽しみました。

 中国人は、スポ-ツというと自分がやるものではなく、特殊な選手が選ばれ競技するものと思っているのであまりル-ルを知りません。又このような国際試合なんて見た事も無いし、戸惑いがありました。それでテレビではその競技のル-ル、そして会場ではMCが、「此処で拍手!!」「ウエ-ブしましょう!」とか、色々と応援の仕方をレクチャ-していました。

 又チアガ-ルが出てきたり、マスコットの人形が体操したり転んだり、あまりテレビでは映らなかったと思いますが、いかに楽しませるか、これは世界に放映しているから意識して各競技を盛り上げていました。 各会場の外、又は北京の市内では中国とオリンピックの旗を2本で5元(80円)又国旗なども売っており、それが会場では目立つので、目立つと映像に映るし、みんな必ず買って入場していました。

 さすが他の国の国旗は売ってなかったのですが、デパ-トとかには売っているらしく、又日本人は日本から持ってきていましたね。それと、国旗を売っている場所が判らず滞在中に、自分で日の丸を作った女性が居ました。インタビュ-で、「日本の国旗が売っていなくて!」と言うと、記者は「国旗は売っていますよ!でもこれを作るなんて日本人はすごいですね!」と言っていました。確かにあの赤い丸は難しいし、手作りですので大変だったと思いました。この方もチケットが手に入らず、北京の旅行社を廻って入手したそうです。

 中国の観客の話をしましたが、中国チ-ム以外は完全にアウエイの雰囲気、応援がものすごいのです。「ら-ら-隊」と言うのが有り、職場での応援団が結成され、それは出場選手や競技に関係なく、中国を応援又は会場を盛り上げる為の組織されたおばさんやおじさんチ-ムで構成されていました。おそろいのシャツと空気棒、北朝鮮の若い女性とは比較できませんが、一応揃って、大声を出し、本当に中年パワ-で、頑張っていました。きっと競技のル-ルとかも知らないだろうに、と思いつつ、でも楽しんでいる笑顔は感じ取れました。大勢の競技(サッカ-や野球。バスケ)で見ました。さすがテニスには居ませんでしたよ。

 そういえば、競技が遅れて始まった場合、終わるのも遅くなりますね!帰りのバスが市内まで行かないのです。途中で降ろされ、夜中なのでタクシ-もなく、又バスも地下鉄も終わっていて、自家用車も規制で入れず、困った事がありました。全くなにやっているんだ!と怒っていましたが、幸いタクシ-会社の電話番号にて1台確保、夜中帰宅しました。(後でかなりの数が来ましたが)でもこの五輪専用バスは電気自動車なので、燃料補給が夜と急な出動の場合は遠くまで行けないらしいのです。運転手やボランチイアもそのまま会場にて泊まっているようでした。

 雨の時には、無料のカッパが配布され、それは非常に助かりましたし、何枚でももらえました。結構中国にしてはやるな!!と言う感じで嬉しい場面でした。
今日はとりあえずここまでにします。
本当にたくさんの経験をしました。失敗もしましたが、最初の感想にあるように「楽しかった!!」の一言です。

 北京の王さんと「次にオリンピックがあったら、絶対うまくやれる!!」と言い合っていましたが、次は当分ないし、東京オリンピックがあったとしても立場が違うので、ダメでしょう。でもチャンスがあれば、今からでも北京へ戻りたい気分です。次は閉幕日本で楽しみましょう。(今8月22日)来週又オリンピックの現地情報お知らせします。

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