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 エッセイ L−060 ホーランエンア 2009年5月29日 

 松江へ行きました。12年ぶりに行われる「ホ-ランエンヤ」と言う催事を見る為に、久しぶりに帰郷しました。日本3大船神事で、5月16日の渡御祭りから始まり20日の中日祭、そして最後、24日の還御祭と3日間と言うか、全体で9日間、行事で3回行われ、もちろん最後の還御祭は、ものすごい人出で、賑わっていました。

 松江出身の私ですから、幼いころ、遡れば、36年前、ちょうど松江を離れる前の学生時代、このお祭りを見たのが最後、それ以来の見物です。写真にもありますが、舟の上での歌舞伎のような衣装に白塗りの化粧、若い男性が櫂伝馬踊りを披露します。大坂の天神祭と宮島の管絃祭とともに日本3大船祭りですから、それはそれは勇壮な、何とも言えない雰囲気と、人々の拍手、舟の上の衣装の鮮やかさ、見逃す手はないと、早くからこの日を帰郷の日と定め、親には内緒で、旅館を予約し、飛行機を予約し、一般の観光客のように待ちわびておりました。

 写真を掲載しましたが、是非12年後の2021年、松江においで下さい。絶対に損はないです。というより観光都市「松江」として、見るところ、食べるもの、36年離れて知ることも多く、元住民としては、皆様にアピ-ルすると共の、お勧めの場所です。是非是非12年後おいで下さい。


 エッセイ L−059 東京新聞 2009年4月14日 

 東京新聞の4/8の夕刊に、普陀山の事が掲載されました。関係者の方には、コピ-をお送りしましたが、何より嬉しいのは、「普陀山」という3文字が説明付きにて紹介された事です。

 長年この地の事を知られてなく、いくら説明してもそれは限られた方々へのご案内だけしかできませんでした。しかし、このように新聞ですと不特定多数の方々の目に触れる訳ですから、「ああ、普陀山!」と思いだしてもらえるかもしれません。

 一安心です。

 そこで、20年前の朝日新聞の記事掲載を思い出し、その時の新聞記者の方へ、早速この記事を送りました。なぜならこの時から「普陀山」の文字を言い続けていましたので、嬉しくて手紙を送ったのです。
 なんと、本日(5/13日)その返事がきました。「懐かし~!」「お会いしましょうか?」「どちらにお住まいですか?」「小田急線ですが!」「同じです」「○○公園近くです」「同じです」「子どもは○○小学校ですが」「同じです」という事で、ものすごく近くに住んでいる事が判明しました。毎日その横を通ったり、公園で花見をしたり、、、。20年間ニアミスしていたようです。

 そして、近じか、自宅付近の○○公園にて花見をしよう、という事になりました。
良く良く考えると、ものすごいご縁ですよね。又その日の朝日新聞で、その方は、新聞に顔写真が載るほど、優秀な論説委員として、掲載されていました。「これも嬉しい事でした!」。


 エッセイ L−058 東京大学入学おめでとう!! 2009年4月13日 

 4月は進学の季節です。世界的にみると9月入学がほとんどですが、日本はやはり「桜舞い散る季節」の入学式が似合いますね。
 さてさて、日頃から「若いうちにぜひ隣の国中国へ行って見て!」と言い続けている私は、それなりの根拠とか、思いがあっての事です。

 実は、○○高校の北京へホームステイをした学生が、この度、現役にて東京大学を合格しました。

 「万歳!」

 この子は、北京でホームステイをした際に、中国の子どもが、自分より英語がうまく、又将来の目標を持っていることにびっくりしたそうです。それから、自分も奮起して、勉強に身が入るようになったと、聞きました。やはり印象にある学生さんでしたので、その後3年間、今このように結果を出すことができたようです。

 「頑張ったね!」と一言声をかけたい所ですが、一期一会、又いつかどこかで会えるでしょう。

 「おめでとう~!!」

 

 エッセイ L−057 普陀山曼荼羅贈呈法要 2009年4月12日 

 子どもの事となると熱くなる私ですが、その理由の一つに「中国への入り方」があります。これは私がこだわっているだけなのですが、旅行を通じて、外国を知ることは、旅行の醍醐味と言えるかもしれません。今や、旅行は安いのもあれば、高いのも、又中味も違い、行き先とか内容も違い、多種多様の時代です。中でも多くの素材がありますが、大事なことは「それにかかわる人」だと思っています。サ-ビス業ですから、サービスを受けて当たり前と考えると元も子もなくなりますが、誰と行くか、が大きなポイントになります。もちろん自分と、と言いたいのですが、逆に、私は、私のお客さまと行かせて頂いたおかげで今があると思っています。それと同じで、「林さんと行ったからこそ」と言われるような責任の仕方を持ちたいと思っています。(何言っているか判らん!!)

 つまり、物事の見方も「人口が十四億人もいるから良い人も悪い人も日本より多いんだよ!」から始まり、「国が大きいから、色々と不自由があるんだよ!」とか「一人が節約するとたくさんの方が助かるから、電気も日本より暗いかも!」「オリンピックを機会に、大きく変わったよ!日本もそうだったよね」とか、又人の考えかたとか、理由を聞けば「ああそうか!!」「そういう考え方もあるか!」とか、まさに異文化と言うか、近くにあるまったく違う体制の国、と言うか、少し理解出来たり納得したり、又逆に腑に落ちなかったり、中国への思いが変わってくると思うのです。だから、街を歩きながら、ものを見ながら、食事をしながら、思いつくままの中国の文化習慣を皆さまに話しています。

 これが、取り柄と言えば取り柄かもしれません。

 

 エッセイ L−056 ラボ ③ 2009年4月11日 

 少し今後の夢を書きましょう。私は、このラボの交流、特に「ホ-ムステイ」を通じて、日中間で、必ず分かり合えることがある、と信じています。家庭での生活はどちらにも不自由で、やりにくいのは重々承知しています。ですが、無理してでもお願いする背景には、「必ず成長がある」と言う事です。言葉の不自由さや、家庭での窮屈さはありますが、この体験が出来るのは、まさに、若い時代でしかできない事です。恥をかくこと、失敗すること、人にもしかしたら不快な思いをさせてしまったかもしれませんが、根底に「相互理解」と「信頼」の気持ちがあれば、それはのちの財産となるはずです。子どもたちが自分の意思が伝えられず、悲しくて涙した時「次は出来るかもね!」とか「きっと判ってくれているよ」と慰めたり、色々な状況が生まれてきますが、子どもたちはいつもめげずに立ち直り、自分なりに解決し、そして気づき、又次の事をやってくれるのです。

 たった数日のホ-ムステイ交流ですが、得るものは、どれだけ多く、どれだけ深いか、そしてその現場に居られる事が、私の夢の仕事です。歳をとりたくないな、とも思いますが、日中間のこの青少年交流に、かかわれる事、毎年いろんな子どもの姿を見られる事、どれだけ話しても話しつくせません。今後も、元気でたくさんの子どもたちに中国を紹介し、友達を作って行って欲しいのが私の夢です。

 

 エッセイ L−055 ラボ ② 2009年4月11日 

 ひとつのエピソ-ドです。今回男の子が多いと書きましたが、その中に新6年生、(11歳)の子が4人いました。2人は男の子ですが、最初からテンションが高く、外国へ行く、ホ-ムステイをする、と言う事は理解していたと思いますが、初日からはしゃいでいる子がいました。1日目はホテル泊、2日目、いよいよ今日からホ-ムステイ、夕方からは、北京のホストのお家へ行くのです。

 対面式の時は、なんでもなかったのですが、家に帰り、お家の方に会い、これから始まるという時に、泣き出してしまいました。もちろんお家の方々やホストは、一生懸命に慰めましたが、本人は泣きやみません。餃子を作ってもてなそうとしたらしいのですが、泣きやまず、とうとう電話で、私にも「SOS」が来ました。

 「どうしたの?泣いていたらみんな心配するよ。笑顔でホ-ムステイ頑張らなきゃね!」と慰めると「僕、判っている!」と言いながら泣いています。彼は、十分に判っているのです。みんなが優しい事も、ホ-ムステイ頑張らなきゃ!と思っている事も、でもでも少しそういう事がいっぱい出てきて、気持ちがいっぱいで、ちょっとしたしぐさが、出来なくて、涙が出てきたんだと思います。

 「疲れたから、少し早く寝ようか!」と声かけると、うなづいたので、中国のお母さんにその旨伝え、又明日餃子が作れるから、と、電話を切りました。次の3日目、元気よく学校に来ました。もう大丈夫です。この子にとって、この交流は、想像以上に、又想像も出来ないほどの大きい出来事だったんだと思います。生まれて、ずっとご両親や身内の方々の元、はじめての海外、近くに日本のラボっ子がいるとは言え、想像できない体験だったことでしょう。涙を流すことで、自分を落ち着かせ、次の日からは、その家の子供として、ホストの弟として、甘える事が出来たのだと思います。「僕、判っている!」と言った一言、頼もしくもあり、信じて良かったです。


 エッセイ L−054 ラボ ① 2009年4月11日 

 今年も「ラボ国際交流センタ-主催の中国交流」が終了しました。これまで少しづつ、その内容などご紹介してきましたが、いよいよ来年3月を以て第25回目となります。と言う事は今年で24回目、24年も継続している日中間の青少年交流です。日本と中国の中では、一番古く、継続され、又相互交流として、初のホ-ムステイ交流として、誇っても良い事業と言えると思います。

 少しだけ、私が見た「ラボ交流」をお話しますと、今年は、男の子が多かったんです。始まって以来の出来事です。こういう国際交流や対外的なイベントと言うのは、どうしても女子が積極的?のような感じがします。これまでの23年間もそうでしたから、それは言えると思うのですが、今回は「男子」しかも、小さい子は新小学6年生、又、お父さんの勧めで、参加した子もいました。これまでは、チュタ-とか(女性の先生)お母さんとか、、、多かったんですが。

 お父さんが1か月に1回は中国出張とか、近くに中国人研修生がいるとか、中華料理を習っている方お友達がいるとか、徐々に「中国」が身近になってきている気がします。

 実際街を歩いていると、ものすごく中国語が聞こえてきますよね。ほんと実感です。

 そんな訳で今回も、途切れる事なく、無事27名の中国交流は終わりました。とりあえず①です。

 

 エッセイ L−053 上海 2009年3月18日 

 上海へ行きました。珍しくはないのですが、気がついた事を一言

 2010年上海万博があります。その為今上海は、外灘(がいたん)を中心に、道路工事が至る所で行われ、それに加えて、日ごろの交通渋滞と重なり、すごい事になっています。一番気になったのは、「大気汚染」です。空が曇っているのです。

  以前、日本でも高度成長期の時に、「光化学スモッグ発生警報」などと言う事があったかと思いますが、今まさにその時期なのです。

 飛行機に乗って、中国大陸から離れると、海がだんだん黄色から青になります。そして雲も、青空に代わります。嬉しいやら、悲しいやら、、、。

  日中間に生きるものとしては、今の科学を持って、少しでもこの状況から脱して欲しいものです。ちなみに上海万博は2010年5月1日から10月31日までの半年間開催されます。ぜひ、足をお運びください。


 エッセイ L−052 普陀の春 2009年3月17日 

 お伝えしましたように、3月13日、普陀山にて「第19回普陀の春」と言うイベントがありました。19回もの歴史があるのですが、今では、私たち日本からの団体以外にも、ギリシアを初め、韓国、台湾、そして杭州のある大学の留学生などがこの仏教の地を訪れます。普陀山も中国での観光都市に選ばれておりますので、こういうイベントには力を入れています。今回、特に「マラソン」の企画をしましたが、ランナ-250名、距離は、法雨寺から恵済寺までの石段を使った、「石段マラソン」です。これについては、弊社のHPなどでもご紹介しておりますが、出雲市の一畑寺様の石段の数と一緒、という奇縁で、このマラソンが始まりました。今年で5回目です。しかしながら、今回は大雨にたたられ、又その石段が、修理中と言う事でアップダウンの激しい7kmのコ-スとなりました。

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