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 エッセイ L−070 NPO法人普陀山佛教文化交流協会 設立!! 2009年8月1日 

 今回、皆様へお知らせがあります。長年の夢でした「普陀山への船の旅」を2007年に催行し、海で亡くなった古の方々をお祭りしました。次なる夢は、「普陀山」を広く日本人に知ってもらう事でした。
私が旅行社だから、「それは商売だろう」と言われる事も有りました。それはそれで、正解なのですが、それよりも私と行って欲しいのです。

 こんなに長く普陀山と付き合っている人はいないと思いますし、何より毎回普陀山が私を裏切らないのです。どう言う事かと言いますと、決して驕っている訳ではなく、これまでの渡航歴の中、普陀山へ上陸出来なかった事がないのです。
御承知のように普陀山は、「山」と書きますが、ここは海の上の「島」です。当然交通手段は「船」です。

 この船が出ないと渡る事はできません。しかも小さい船なので、特に風の有る日は「欠航」です。このリスクが有る為一般的な旅行ツア-ですと、なかなか継続的な旅行企画が出来ません。又普陀山自体、入島料が必要で、これがなかなか高い訳です。そんな条件ですので、日本からの方でも目の前まで行ったのに引き返した経験の方は大勢いらっしゃると思います。
 又島には交通手段が島内専用のバスのみです。 一般の信者さんは、このバスに乗り、又は徒歩でお寺をお参りします。もちろんこれが正統派の普陀山の歩き方です。しかし私たちには時間が有りません。

 そこで、普陀山に顔が利く(?)私の出番なのです。
何せ場数が半端ではなく、この仏教協会の会長さんの通訳をしたり、管理員会のお偉いさんの通訳をしたり、役得なのです。そこで、私が一緒に行くと、管理局の車又は仏教協会の車を出して頂けるので、島内はフリ-パスなのです。そんな事も有り、是非私と一緒に行ってそして関係者にきちんと面会、面談という形で正統に普陀山をご紹介したいのです。

 それで、今回前記の中国観音霊場会の皆様のお力を借りて「特定非営利活動法人」の申請をし「NPO法人普陀山仏教文化交流協会」を設立しました。

 理事長、副理事長、又理事の方々は、中国観音霊場会の方々で構成して頂いております。1つの団体だけでなく、今回の寧波展のように、多くの日本のご寺院が、中国仏教に興味、関心、ご厚意を持っておられると思います。その一端の普陀山に関する事だけでもお手伝いできればと考えております。

 是非、新しく出来ましたこの「特定非営利活動法人普陀山仏教文化交流協会」を宜しくお願い申し上げます。

 

 エッセイ L−069 寧波展の普陀山コーナー 2009年8月1日 

 引き続き、この展覧会のお話ですが、この中に「普陀山」というコ-ナ-が有り、普陀山の紹介の説明書きが有りました。もちろん私の事をご存知の方は、何度も出て来るこの島の名前ですが、ここは日本人僧侶「慧鍔」(エガク/金片はない)が開祖と言われ、年間360万人以上が参拝する中国四大仏教聖地のひとつ観音様の故郷と言われているところです。この地の開祖が日本人、そしてこの云われを聞いて日本の中国観音霊場会と友好提携をしたのが19年前になります。来年は20年になりますが、この時に、この仕事をさせて頂き、(偶然と言えば偶然、必然と言えば必然)それ以来約20年毎年最低は5回、多い時で10回でしょうか、この島へ行かせてもらいました。

 今では名所の一つとなっている「芸術長廊」の日本の中国観音霊場会の各札所寺院のご本尊様の石像37体を奉納、それ以来年間360万人は必ずこの普陀山で、この観音像を拝み、訪れているのです。その仕事の為に、何度もこの普陀山へ通いました。時には、土台整備の工人の方に、差し入れを持って行ったり(日本のお菓子とタバコが多い)前に日本庭園を造りたいと言ったり、あれやこれや、やり取りをしました。

 当時日本と中国は、政治体制の違い、文化の違い、日本と中国との問題等多くの困難な問題が有り、途中何度も問題が発生、その時にいつも申し出たのは「観音のご縁」でした。
 「慧鍔」がここにたどり着いたように、私たちもここにたどり着き、先代の妙善大和尚(中国仏教協会の趙僕初さんの先生)の「中国」という文字の「ご縁」を頂き、その証に作る「芸術長廊」でした。思い出しても「良く出来たものだ」と思います。当時の観音霊場会の幹部のご寺院の方々と、膝を突き合わし、中国語が出来なくても身振り手振りで会話をし、信頼関係を築き、そして出来あがったものです

 当時は日本人にはあまり知られていなかったこの普陀山が、今ではこのように展覧会の一角を担うほどの「普陀羅迦」「ポ-タラカ」として知られるようになった事、涙までは出ませんが感慨深いものがありました。



 エッセイ L−068 奈良国立博物館の寧波展 2009年8月1日 

 8月1日、奈良国立博物館にて行われている「寧波展」を見に行きました。東京からですと時間も費用も嵩みますが、この日は特別講座「普陀山信仰と泉涌寺」と言う特別なお話の講座がある日でした。この展覧会の副題が「日本仏教1300年の源流~すべてはここから始まった~」と言うテ-マです。 しかも「普陀山」それは行かずにはおれません。 朝早く7時、品川駅から新幹線に乗り一路奈良へ。東京は晴天、京都が近くなるにつれて、怪しい雲行き、ただひたすら午後1時半からの講義の前には、展覧を見ておきたいと、急ぎ足にて会場入り。 めったにイヤホ-ンは使用しないのですが、今回ばかりは、解説も逃すまい、と、イヤホ-ン片手に、会場へ。その途端、雷を伴う大雨、「ザ-ッツ」と、雨音もひどくなり、危機一髪。お蔭で?というか、入場者も少なく、ゆっくりと鑑賞出来ましたが、これが東京だったら、絶対にぎゅうぎゅうだろうな、と思いつつ、図録とイヤホ-ンで1つ1つ見学です。

 寧波は、弊社のお客様なら結構行かれた事が有る場所かと思いますが、上海から車で約3時間でしょうか、海沿いの大きな都市です。昔ここは、遣唐使、遣隋使、又韓国との往来で、当時栄えた一番の港です。 上海は当時はまだ片田舎ですが、寧波は、国際経済文化の発祥地と言えるほどのにぎわいと歴史の有る都市です。
 今回の展覧会はこの寧波を中心にここから日本へ渡った仏教の伝来の品々が展示されているのです。日本仏教の原点とも言うべき貴重な証拠の品々、又本に残る歴史的展示品の数々、中国に残された品も展示され、合計175品目の圧倒的な展示物が陳列されていました。

 中でも、先程の泉涌寺から提供された代表的な観音像「楊貴妃観音」と言われる観音菩薩像が前半のメインの展示物です。このお話が行われると言うので、これと普陀山との関係は?と言うのが一番の興味です。 この観音様は、彩式で高さ114cm、南宋の時代に中国から運ばれたものと言う事ですが、今回、これが1230年付属の月蓋長者と善財童子の2像と共に普陀山から運ばれたものではないか、というお話でした。

 頭上に輝く色彩豊かな冠は、穏やかなお顔をさらにあでやかに、そしてその様子から「楊貴妃」の名をこの観音菩薩に名づけられたという事で、泉涌寺の代表的な観音様になっております。

 今回は初披露というか、この1300年の仏教の歴史の代表作品という事で、ポスタ-にもなっています。もうすでにこの仏像は、展示を終え、お寺に戻っておられますが、是非、この秋に来日の普陀山仏教協会会長にも見て頂きたい仏像となりました。

 又もう一つ目当ての展示品は大徳寺から出展の「五百羅漢図」です。一幅の絵の中に羅漢様が5人描かれ、天台仏教の最高傑作の絵と言われるこの図は、長年見たい、見たい、と言っておられた中国の浄旻(ジョウビン)法師の念願の絵であり、今回は初めてそれが一同に展示されるのです。もともと100幅有ったのですが一部はアメリカの博物館に収蔵され、今回はその作品の本物又はコピ-も併せてみる事が出来、圧巻とはこの事、というほど、すごい迫力でした。天台宗の方々には、まさにお宝、これも図録を4冊も買って帰った甲斐があると言うものです。この展示は8月いっぱい行っていますので、間に合う方は是非ご覧ください。

 この展示は8月いっぱい行っていますので、間に合う方は是非ご覧ください。

 

 エッセイ L−067 普陀山皆既日食 2009年7月21日 

 今年は、皆既日食、その話題で持ち切りでした。弊社では、たまたまその絶好の位置に「普陀山」が有るという事で、ツア-を募集しておりました。この度、この世紀のイベントを普陀山で体験してきました。
 南海大観音の広場に、朝8時頃、続々と人々が集まってきました。聞けばその時点で普陀山に滞在している観光客はすでに1万人を超えており、前からの滞在の人など入れると島に約1.5万人居るのではないかと言う。普陀山仏教の島らしく島中「読経」の声(スピ-カ-)龍の舞いと太鼓の音、中国では昔から天文に関する不思議な現象の時は太鼓を叩いて、追い払うというか、その時が過ぎるのを待つというか、そういう習慣が有り、今回は「不吉」と言うより科学の発展により、「観光化」になって行事、8時36分、空は曇り、見上げると雲の隙間から太陽の光が欠けていくのが見え、だんだんとその形をかえ、今までものすごい暑さだったのが、「あれ!」と言う間に、風を感じ、闇を感じ、赤とんぼが飛び回り、空の太陽は益々早く形を変え雲の中を行ったり来たり、そして100名の僧侶が読経を始め、なんだか世の中が一瞬ここだけの世界になり、この広場の人々が一体化し、やがてまっ暗闇の中に閉じ困られました。声も出ず、この刻々と動く時間の隙間に、空から「ダイヤモンドリング」の半分が見え、それと同時に皆が声を上げ、歓声が湧きました。なかなかこの状況は書けるものでもなく、終了と同時に明るくなり、雲の中に太陽が隠れ、私たちは口々に「凄かったね」と言い合っていました。良い言葉が見当たらず、この感動をお伝えできなく申し訳ないのですが、今回は、ご夫婦、ご家族の参加が多く、きっとそれぞれに思いが伝わった事と思います。
 是非、一度は普陀山へお越しください。


 エッセイ L−066 普陀山曼荼羅贈呈法要 2009年6月25日~30日 

 この度のツア-の大きな目的は普陀山に「曼荼羅」を贈呈する事でした。というのも、中国観音霊場会は普陀山と20年近く交流をしており、その一環に「何かほしい物はないですか?」とお聞きしたところ「曼荼羅が欲しい」との事、と言っても、ねだっている訳ではなく、いつも普陀山から頂いているので、今度は日本側が、何か?と言うお互いの相互関係の信頼と言うか、「気持ち」のやり取りでこうなったのです。と言う訳で周知の間柄なのではありますが、やはりきちんと差し上げたい、という事で、現地で開眼法要を双方でする事になりました。普陀山側は、「戒忍大和尚」(こういう言い方をしています)を代表に、僧侶の方々30名、日本側は、中国観音霊場会の副会長の長谷寺様が団長で、約30分の読経が行われ、無事終了しました。この場面は写真をご覧ください。


 終了後いつものように、戒忍さん、と一緒に、「精進料理」を普済寺で頂き、その後、万佛塔へ行きました。2007年の開眼法要を行った万佛塔は、中に1万体の仏像が奉納され、この建設資金は福建省の企業家が何と日本円4億円を一人で寄付し、作ったものです。中国では、特に南方地方には、「仏教」を信仰する方も多く、1代で企業成功された方による寄付は、ここ普陀山では大井のです。又海外の華僑の寄付も多いです。普陀山では、良く寄贈者名が書かれた「車」が有ります。とにもかくにも、らいねん2010年は20回目の団参になります。是非普段体験できない中国仏教に接する良い機会です。お誘いあわせの上、ぜひご参加ください。日程は2010年10月16日~22日の普陀山と世界自然遺産「九寨溝」です。宜しくお願いします。

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